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平成28年

小平熊野宮 神幸祭 応援

平成28年9月18(日) 撮影

朝、七時に集合して仲町の熊野宮へ。
こちらの宮司様が上鈴木も兼務されています。

朝方、結構降りましたね。

<以下、熊野宮HPより>

武蔵国多摩郡殿ヶ谷村鎮座の延喜式内社・阿豆左味天神社の摂社として、同郡岸村字岸組に産土神と奉斎されていた社を、
小川村の開拓に着手した小川九郎兵衛と、阿豆左味天神社の神主で当宮社家の始祖である宮崎主馬が、
寛文年間に小川村明主の屋敷内に遷祀し、その後小川新田(現在の仲町、喜平町、学園東町、学園西町と上水本町の一部、上水新町)
の開拓を行うのに先立って、その守護神として宝永元年(1704)に榎の大樹のもとに祠を建立し遷座したのが縁起である。
(中略)
往時この一帯は「逃水の里(にげみずのさと)」と称され、川もなく水の便が非常に悪い場所で、
人家が一軒もない荒漠たる武蔵野の原野であったと言われている。
その当時から重要な街道であった青梅街道と鎌倉街道(現在の府中街道)が、この小平の東西と南北に通じているが、
特に青梅街道の田無から箱根ヶ崎までの間には宿場もなく、往還する人馬にとって寒暑風雨や飲み水の確保に至極難渋した地域であったようである。
そのような原野の中にあって、当地に一本の榎の巨木が聳え立っており、これが「武蔵野の一本榎」と呼ばれていて、
両街道を往来する人々の良き目印や一時の休息の場になっていたと伝えられている。
(中略)
また、社殿正面には、樹齢約三百年の2本の欅が寄り添って繋っており、
「夫婦欅」と呼ばれ夫婦円満の象徴として参拝者に親しまれている。








そして御鎮座300年の記念の御太皷がこちらです。





ささらで道清めの儀をして、御太皷、御神輿の順に参道を通ります。






宮出しです。

この後、一旦解散して、一橋学園大学通りロータリーより再スタートとなります。



急いで追いかけないと、、、














平撥形状の撥に御本社系のみんな大苦戦、、、
構わず本撥入れると、手首が折れます、、、




某自動車屋さん前で、休憩。(勝手にね、、、)


はい。兄弟並んで、、、(笑)


上鈴木はテーピングのみで基本素手の人が多いですね。
男前ですね~~~。(笑)












最近、日が傾くのが早くなりましたね。
提灯の準備です。


さあ、行きましょうか。


ん~~
げーじつてき、、、



さあ。ここから一気に天神町交差点まで。
Uターンして宮入ですよ!






これね、演技です。
うそつき~~~!


あ、これも写真用ね。
中田君!まじめにやれ~~~!!((笑))











Uターンしました。




フラッシュたかないと、こんな感じ。
実際はこんなに暗い。











無事、宮入です。











宮入と同時に雨が。

帰りの参道にて。


楽しいお祭りに参加させていただきました。

関係者の皆様、一本榎睦会の皆様、そして講中のみんな、

一日、ありがとうございました。

次は市民まつりであいましょう!!












そして地元に戻って、
いつものすし屋で、



みつ豆に日本酒で、反省会。


非常に健全な上鈴木メンバーなのでありました。

めでたしめでたし、、、















by あみ





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